芸能タレント・歌手の海外公演時の深夜業

論点

改めて説明するまでもなく、日本の労働基準法においては満18歳未満の年少者の深夜業(午後10時から翌日午前5時)は一部の例外を除いて禁止されています(第9条)。

その上で、日本国外、具体的には時差のある場所において満18歳未満の芸能タレント・歌手が出向いて公演をする場合、深夜業の禁止時間である午後10時から翌日午前5時は現地時間で適用されるものであるのか、それとも日本時間で適用されるものなのかについて考える場面がありました。今回の論点の出発はここです。

そもそも下に示す『労働者』でなければ「午前10時から翌日午前5時」という点について議論をする必要はありません。従って第一にこの点を検討する必要がありました。

第二に、雇用契約がある場合、雇用契約または海外出張規程等で時差・海外出張時の勤務形態、例えばみなし労働時間制等について取り決めているかどうかを確認・検討する必要がありました。

第三に、出張時の活動に現地の標準時が適用されるかどうかの根拠の確認です。

整理すると

  • 今回は中国での活動であるため、現地時間は北京時間(UTC+8)となり、日本時間と比べて時差マイナス一時間である。
  • 即ち仮に北京時間で午後9時からの公演となるとこれは日本の午後10時である(即ちこの時間から公演を開始すると日本では深夜となる)。
  • 仮に現地の活動においても日本時間が適用され、かつ労働者であるとなると北京時間午後9時からの出演は行うことができないとなる。
  • 出向等ではなく出張である(指揮命令権は日本にある。)

という4点が今回の前提です。

なお、さらに検討する中で、中国法には「満18歳未満の年少者の深夜業」を規定する法令法規は存在していないことも分かりました(劳动法等)。また最高人民法院の司法解釈等でもこれを定めた文書は確認できませんでした。出張者ではなく現地子会社への出向あるいは現地採用となると中国の労働法が適用されることになりますが、今回のケースは日本からのいわゆる出張ベースであり、よって雇用契約がある場合には日本の労働基準法が適用されることから、中国法の検討は外しています。

基収355号での解釈

芸能タレント・歌手が公演等における深夜業の問題については、有名な通達があり(基収355号, 昭和63年7月30日)、労働基準法第9条の労働者であるか否かについての解釈が示されています。(全文を引用しているblogや記事等が少ないので、誤解をさけるために全文を引用しておきます。)
※タレント事務所などの方にとってはよく知られている解釈です。

(問)
 当局管内には劇団あるいはいわゆる芸能プロダクション等が多く、それら事業場から労働基準法第56条に基づく児童の使用許可申請がなされることが少なくないところである。
 当局においては、これら申請に係る子役あるいはタレントについては、一般にその所属する劇団あるいは事務所との間に労働契約関係があるものと考えるが、なかには、その人気の程度、就業の実態、収入の形態等からみて、労働契約関係ありとみるには疑問なしとしない事例が散見されるところである。
 そこで、これらの事例については、下記のとおり取り扱ってよろしいか、お伺いする。

 次のいずれにも該当する場合には、労働基準法第9条の労働者ではない。
一 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要
素となっていること。
二 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
三 リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等と
の関係では時間的に拘束されることはないこと。
四 契約形態が雇用契約ではないこと。
(答)
 貴見のとおり。

労働者であるか

まず上述の三点の議論の順に整理すると、労働基準法第9条の労働者であるかについては、該当するものであるという結論がすぐに確認されました。

なお、事情を関係者に色々と聞いてみると、一から四の定義についてはやや曖昧であること、契約関係は外に見えないといった事情などから、日本のテレビ局等では保守的に対応していることがわかりました。

個別規程があるか

雇用契約に付随するかたちで何らか海外出張時の勤務形態に関する規程があるかを確認したところ、これは存在していない前提を確認しました。

これも一般的に、日本の芸能タレント・歌手の海外活動は未だ少なく、これを検討するプロダクション・事務所はほぼいないのが実態のようです。

いずれの国の標準時が採用されるのか

まず労働基準法等の法令や過去の判例、通達を軒並みあたったものの、結論となりうる条文・解釈は存在していませんでした。私の調べ方が足りていない可能性もありますが、過去に一度も議論されていないとは考えにくく悩むところ、あわせて国際条約・協定なども確認しましたが時間の限りから諦めています。もし何らかの条約・協定などにおける根拠についてご存知の方がいらっしゃればこっそりと教えてください。

さらに、社内外の複数の弁護士、社会保険労務士の方にも事例の有無を聞いたものの見当たらず、結局、この点については管轄の労働基準監督署に前提を説明した上で電話確認を行ったところ、使用者側と労働者側の双方で合意すれば現地の標準時を用いることは差し支えないという答えを得るに至りました。

そもそも今回は中国と日本の時差一時間という前提で検討したために悩みましたが、よくよく考えてみるとヨーロッパやアメリカのように時差が大きい場所へ出張した際を前提とすれば、現地の標準時を採らなければ実務が回るわけがありません。

個人的な所感

日本人が海外に出張し、現地で技術指導をする、営業行為をする、会議をする、その際の労働の取り扱いをどのようにとするかとのケースは山ほど蓄積されており、みなし労働時間制の点も含めて海外出張が多い会社にとっては規程の整備も進んでいると考えられます。

一方、芸能タレントや歌手が海外で活動するケースも決してゼロではないものの、もともとの日本国内での労働環境自体を考えても今回のような問題に正面から向きあって検討する場面は多くはなかった可能性があります。

ただ、日本と中国の一時間という時差は微妙なところで、上述のとおりヨーロッパやアメリカでの出演であれば「時差があるからな」と理解しやすいものですが、今回の例のように日本時間の22時、中国時間の21時というギリギリの場面をもとに検討すると、混乱してしまいます。

本稿は法律的な見解を示しているわけではなく、あくまで事例をもとにどのような考え方を採ったかについて記録することを目的にしていますが、海外展開を行う芸能タレント・歌手の方たちがより増えてくると、世の中でこうした問題をさらに深く考える場面が出てくる場面もあるのかもしれません(むしろ出てきてほしい)。