プライベート

頸椎椎間板ヘルニアを語る

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だいたいもうこんなにも更新していないblogはもうどなたも読んでいなかろうとおもうのですが、久々に開いてみました。
noteやmediumがありながらオリジナルのblogの時代なのかとも思いますし、誰かの役に立てるoutputになるかもわかりませんが、少しずつまた続けていこうと思います。

それでも誰かの役に立つものを残したいという気持ちと、自分の記録のためにも残したい気持ちもあり、フライトの時間を活かして書いてみましょう。今日は首の話しです。

今年2月に、頚椎椎間板ヘルニアの手術をしました。C5/C6とC7/T1の2つにヘルニアがあり、頚椎後方除圧術を受けました。当初はC5/C6のみの予定でしたが、手術前日の夜、主治医の先生から話しがあり、ひどくなってきた症状(神経の支配域と症状の部位、症状の進み方)からしてC7/T1も影響が出ているのでこの際どちらもすることについての意見をお尋ねいただき、しばらく悩んだ末、2カ所ともお願いすることになりました。

短い時間の判断でしたが、それは、そもそも主治医の先生とここに至るまで相当なコミュニケーションを重ねてきたなか、この方の手術であれば信頼できるという積み上げがあったからこそです。紹介状をもって初めて訪ねたときから、分からないことについては相当な時間を割いて説明をしていただき、過去のご自身の執刀での実績からのリスクの値、生活や仕事への影響など隠さずご説明いただいた感じられました。いくつかはあまりにも専門的すぎてこれは自分にあわせてくださっているのかなと思うこともありましたが、理解できるようになるために受診の度に勉強もしました。

専門書を買い漁り、同じ術式ではなくとも近しい術式のYouTubeの動画を日本語も外国語のもほぼ全て見ただろうぐらいに何度も再生し、頚椎のモデルを買って、ここが後縦靭帯でここが黄色靭帯で、ここね、とか一人でブツブツ言ってみたり。論文も読み漁りました。

そもそも最初は前方からのアプローチ(前方固定術)をかなり検討していて、ほぼそのつもりでした。骨棘が認められていたことや複数回の手術は避けたいという考えからです。ある時、仕事で浅草のまちを歩いている最中に先生と電話をしていて、前からか後ろからか、先生もまた悩まれながら、あーでもないこーでもないとお互いに話しつつ、最後は、一回で終わりたいから前方でお願いしますと浅草駅あたりで決断したことも相当強い記憶です。前方からのアプローチの場合、気道閉塞の僅かながらのリスク、声帯への影響、傷の大きさ、術後の回復などで後ろからとは差があるわけですが、傷が残ったとしても前からのほうがとその時は思ったわけです。

それでも、それでも悩みました。手術は人生たくさん受けてきていますが、どのようなことであれ手術のリスクは理解しています。前からはやはり怖いな、後ろからでいけるかどうかもう一度聞いてみようとなり先生を訪ね、お話し、ベネフィットとリスクのバランスを考え後ろでお願いするという結論に至ったわけです(このときは冒頭書いているようにC5/C6だけの予定でした)。

手術の一ヶ月前ぐらいになるとさらに不安が襲ってきます。厚生労働省のDPCやNDBのデータのExcelを見続け、大丈夫、自分だけじゃない、と思ってみたり、この病院でこの先生にお願いすることは実績に裏付けられている、と言い聞かせてみたり。今後何かの手術を受けられる方がいらっしゃるならば、病院探しはDPCを一つ参考にされて良いと思いますし、毎年度公表されるNDBオープンデータで病名をもとに算定回数を調べれば「仲間」の数もわかります。

手術の日程は、TUBCの試合日程とのニラメッコでした。手術の曜日が決まっておられるなかで、たまたま一つあかれた日程があり、一節はお休みをしたものの、仕事から離れる時間は最小限、と思っていたのです。そもそも後方からになれば前からと比べて相当ラクだと思っていたのです。

手術前日、上に書いたとおり、追加で切る場所が増えることになりました。おそらくは、一つの手術あたりの時間が決まっていたはずですから、後ろの手術の患者さんのスタート時間がズレたでしょう。申し訳ないです。

朝一番の手術時間。当日はただただ緊張でした。久しぶりのT字帯の紐をきりっと締めました。このあと、あのいやな尿道カテーテルがあるのだと思うと憂鬱になりながら。

手術室まで歩いていき、自分で手術台にのぼり、主治医と麻酔科の先生と少しだけ会話をして、マスクをしたあとはもちろん記憶はありません。手術台のうえで再度記憶が戻り、ボーッとしながらも強い痛みがあり、おお終わったなと思ったことも覚えています。

ストレッチャーで部屋に戻ったあと、なぜか私がしたことは、スマホで「自撮り」でした。私はなにがしたかったんでしょう。首から血液を流すためのドレーンがついていて、それをひっかける糸が付いていたので体位を変える度に糸で激痛も走り、「あれ、後ろからって楽だったんじゃないの…」と思い続けました。皆さん、後ろからでもそれなりにつらいです。

術後、巡回に来てくださる先生の姿に毎回救われました。少しの会話のなかでも、不安なことはきちんと取り除いてくださったり、痛みに対する対処も一緒に考えてくださいました。本当に朝早くから病院におられ、夜もまた遅くまでいらっしゃる姿を何度もみかけました。外来の日、オペ日、ほかの病院にいかれてる曜日、どんな日でも本当に真剣に話してくださいました。この先生に出会えてよかった、と心から思っています。

術後、腕や足にあった神経の症状(痺れ、痛み)はだいぶ無くなり、階段を降りるときの危うさもなくなりました。反面、ショックだったことは、当初は右手の力がうまく入らず、ペットボトルは開けられないし、スマホのフリックは下手くそだし、シャンプーのボトルは押せないし、ということに気づいたときです。小指と薬指、つまり尺骨神経の感覚支配の弱さがわかりました。握力を測ってみると右手は10前後。相当不安になりました。(術後5か月を経過して、握力はほぼ回復しています。)

その代わり、音声入力という武器を身に着けました。スマホはとにかく音声入力。ただAIがちょっと賢すぎて、自分が話した言葉を丁寧になおしてしまうので、もう少し軽い感じで書きたいんだけどなと思ってもかたくなってしまったりも。それでもこの時の経験から、音声入力を思いきり使いこなしています。

そろそろ玄界灘が見えてきました。フライトのなかで書き続けてきていましたので、着陸したらこのあとはまた仕事モードに戻ります。次回は、そもそも頚椎椎間板ヘルニアだと分かるまでの経緯を、そしてその次ぐらいでは、手術をして逆にわかったこと、向き合うべき体のことにでも触れましょう。

ではまた。

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