錦州に行ってきた

遼寧省の街、錦州へ

北京オフィスの社員の結婚式で錦州に行ってきた。長く務めてくれている優秀な社員の一人。

遼寧省は大連から約400キロの場所。大連から渤海の遼東湾をぐるっと北京方向に回る方向にある。

錦州といえば、この近くの葫芦岛(葫蘆島)とあわせ、戦後、旧満州から日本に引き揚げてこられた方たちの多くが集まった場所。葫蘆島からは帰国のために日本に船が多く出ていたので、引き揚げてこられた方たちの手記を読むと錦州と共に街の名前が良く出てくる。その時代、日本人も多く住んでいたらしい。

錦州の街の様子

錦州の街の様子

大連から高鉄(新幹線)で移動する手段が速いが、国慶節期間中でチケットは取りにくい時期。また今回は一緒に移動する人数も多いこともあって車で移動。大連空港で迎えてもらい、そこからはチャーターしてもらった車で走った。

ひたすら高速道路で走る。

ひたすら高速道路で走る。

国慶節期間中、高速道路は乗用車は無料になる。今回チャーターしてもらった15人乗りのバスなど中型・大型の車は有料で、大連から錦州までおよそ300元。若干の物価差や日本の高速道路にある色々な割引を考えると、日本の通行料とさほど変わらない。中国の高速道路は幹線では普通車は120キロ制限で、大型車やトレーラーは100キロ。片側4車線ある場所もあり、走りやすい。

そしてこのあたりのエリアで日本の高速道路の環境、例にすれば新東名、東名や中央道と違うのは、ほぼトンネルが無いこと。何せ、大きな山が無い。トンネルは大連-錦州間ではおそらく1-2ヶ所だったのではないだろうか。

事故の情報は百度地図が便利。事故があるとその情報を誰かが投稿してくれるので、それを見ていれば渋滞の状況、事故の位置が分かる。行きは7-8ヶ所で事故を見た。

夕暮れ時の中国の高速道路

夕暮れ時の中国の高速道路

往復共に一回ずつサービスエリアでの休憩をいれ、行きは5時間半、帰りは5時間。

普段は時間を買う移動のほうが多く、見過ごしている中国がたくさんある。たまには、こういう移動もいい。

パスポート番号

パスポート番号は変えたくない

 パスポートのページがいっぱいになり更新した。2010年からなので7年。増補によってページを増やし、さらに最近は、空いているスペースに押してとあえて頼むようにしてきた。国によってはそう言わないとページを無駄に使う押し方をする審査官がままいる。ページの真ん中に、しかも斜めでドーンと。ネット上では「鉛筆でスタンプの枠を書いてそこに押してもらう」というアイデアの人もいて、工夫の深さに驚いた。入出国の記録をスタンプで残すために自動化ゲートは使ってこなかったが、それでも今年に入ってからは諦めて自動化ゲートを使うようにしてきた。私の場合、中国のビザがある程度なのでビザがベタベタ貼られてページが足りないわけではなく、ただひたすら行き来を繰り返してくることによる。眺めてみるとこのパスポートになってからは大半が中国だが、それでも色々な場所へ行かせてもらった。
 
 スタンプの押し方をお願いするほどパスポートを長く使い続けたかった理由はいくつかある。パスポート番号が変わるのが大変面倒だからだ。書き換えなければならない先が多すぎるし、正直すべては覚えていない。例えば仕事では、海外の子会社における登記ではすべてパスポート番号が紐づいている。変更があった場合には速やかに届ける必要がある。実名認証が厳しくなってきた中国の場合にはさらに色々とある。役所、銀行、携帯電話の登録などが全部変わる。パスポート番号は航空会社に予め登録している場合もあり、ここでも漏れなく書き換えておく必要もある。航空会社によっては、名前のスペルが違うのと同様、最悪の場合には搭乗できない。

 このblogでも触れているABTC(APECビジネストラベラーズカード)も同様である。パスポート番号が裏面に印字されている。私の場合、ABTCの有効期限が先にきたため更新したのだが、今度はパスポートのページが足りなくなり、結局ABTCは再度更新。審査のプロセスは変わらないのでまた6ヶ月程度は待たなければならない。お預け。

昔は複数のパスポートをシールとリボンでくくりつけられていた

 実は、昔はパスポートをシールとリボンのようなもので複数冊くくりつけ、分厚い束のようにして持ち歩くこともできた。これを「合冊」という。離れないようにシール(契印)のようなものがなされる。これは入出国を頻繁に繰り返す地域などで特に意味があり(ページ数があっという間に枯渇する)、ビザをそのまま使い続けるためである。制度が変わり1990年4月施行の旅券法2次改正でこの方法は消滅したが、「合冊」時代でもパスポート番号は新しくなっていたようだ。ただ、古いパスポートに貼付されているビザとの連続性はこれによって証明しやすいため一定の利便性はあった。

 なお、今ではページの追加(旅券法では「査証欄の増補」という)のみが認められている。この増補も当初は16ページだったが24ページとなり、最終的には2001年に現在の40ページ追加になっている。旅券法の変遷は、日本人の海外渡航の歴史と重なるところが多く大変面白い。

 これを書きながら、ふと、いわゆる「イスラエル用パスポート」の人はどうなっているのだろうと気になった。特定の国のパスポートのスタンプがあると特定の国には入れない、という事情が世界にはある。イスラエルと大半のアラブ諸国・イラン、というように。日本政府はこの事情がある場合、メディアなど特定の職業の方に二つのパスポートを発行してくれていた(この仕組みは今もあるのかは不明)。その代わり片方のパスポートには「渡航先の制限」の欄に国名が書かれている。このとき、二つのパスポートのパスポート番号は別だったのだろうか。

フライトのときにパスポートだけはポケットにいれている

 ひとつのパスポート番号と「お付き合い」できる時間は最長10年。私のように更新するのが面倒だという人はおそらく5年パスポートは取らないと思うのだが、それでも渡航回数が増えると期限前に更新せざるをえない。さて、パスポート番号というものは更新よって変更しなければならない合理的な理由が果たしてあるのだろうか。今のパスポートの制度が出来たときと異なり、外国への渡航は極めて容易になった。また、マイナンバーカードができ、色々な指摘はあれど「背番号制度」は出来あがった。私はエストニアのe-residencyをとったが、「背番号制度」と呼ぶのか「便利なID」だと思うかはそれぞれ。パスポート番号の生涯利用はどこかで検討されたことがあるのだろうか、知りたいところである。

 昔、ある国に行った時に、入国したところで「パスポートを預かる。出国時に返す」と言われた。あまり頭が回っておらず言われたとおりに渡したが、中東などの危険地域であってもそのような話は聞いたことがない。むしろパスポートを渡してしまったら自分を証明する手段がなくなる。今から考えるとなんと危ないことをしたのかと。

 ところで、別に腹巻タイプのケースにいれて肌身離さずまではないが、国際線に乗るときだけはポケットに入れるようにしている。以前、緊急脱出を経験した人から聞いた話で、荷物は持てないので何か一つあるとすればパスポートだよと言われて以来、なんとなく。

 さて、今回のパスポートにはどのような旅をさせられるのだろう。

穂の国・豊橋ハーフマラソン2017を走りました

今シーズン4本め

今年の4本目のマラソンです(熊本城・東京のフル2本とハイテクハーフマラソンのハーフ)。地元愛知ということもあってお世話になっている方たちが多く走られるのに後ろからくっ付いてきました。

本当はあと2本エントリーしていましたが、埼玉は体調不良で欠場、萩石見空港マラソンは仕事が重なりキャンセル。来月、もう一本走りに行きます。

走る前の準備

まず、このマラソンはどうも天候に恵まれていないらしく(聞いてみると、昨年は晴れたもののその前はしばらくずっと雨。)今回も、前日土曜日の豊橋の夜は小雨。駅前の気温表示も9度を示していて、土曜日夜時点の天気予報は降水確率60パーセントでした。午前中は降らない予想でしたが、念の為ということで前日夜に駅前のコンビニで貼るカイロを2枚、レインコートを一つ調達して臨みました。

朝ごはん用にコンビニでおにぎり二つと、カゴメの「カゴメ 野菜生活100 Smoothie 豆乳バナナMix」。このジュースがうまいんです。スムージータイプの330ml。最近ずっとはまってます。カゴメのWebサイトでは女性ターゲットなのかなという書かれ方をされていますが、私はそんなことは気にせず愛飲しております。

(結局、スタート地点の荷物預けのところでバナナが配られていたものを1本お腹にいれ、結構たぷたぷでスタートしました)。

当日の朝

豊橋駅から市電で10分ぐらいの距離にスタート地点があり、私は初めてだったので市電で行くことにしていましたが、当日の様子を見るとアップのためにか駅から歩いている人もいます。ただ、圧倒的に市電利用の人のほうが多い様子。増発しているのかどうかは分かりませんが、豊橋駅の電停には係員の方が立たれ、少し並びましたが5分弱に1本ぐらいは出発するペースでしたので市電利用で全く問題ありません。

最寄の電停から会場までは徒歩5分程度。荷物預けまでの道順が特に具体的には示されておらず最初少し迷いましたが、地図を見て、人の流れを追いかければ大丈夫。スタート一時間前ぐらいに会場につきましたが、荷物預けが整列の10分前(9時40分整列、9時30分まで荷物預け)まであいているのが助かります。ギリギリまでウィンドブレーカーをきていました。この時点で小雨がふっていてだいぶ冷えてきましたが、困ったのは待っている間に靴の中に水が入ってきてしまい、そのせいでより冷えてしまうこと。私は荷物預けのテントの中で静かにしていましたが、雨宿りできる場所が多くないこともあり、雨模様対策でテントをもう少し多く設置していただくと助かります。

一方、公園内がスタート地点なのですがその大半は舗装されておらず、走る前に既に泥で足元はぐちゃぐちゃに。こればかりは仕方ないですが、水溜りも多くできてしまっていたことから導線を工夫する余地があれば有り難いです。

スタート前

全部で5000人の大会のためあまり大きな混乱はありません。雨だったこともあって皆さんの出足は比較的ゆっくり。見ていると9時40分の整列締め切り後もパラパラと列に入ってくる人がいて、完全に最後尾にまわれというオペレーションをしているわけではなさそうでした。

なお、スタートのゾーンはAからFに分けられていますが、私のいたDでも号砲からスタートまでは3分弱。Fでもプラス2-3分程度だったぐらいではないでしょうか。

せっかく市長やゲストが話しているのですが、整列のために使っているスピーカーの音でほぼかき消されてしまっていて、残念ながら後方ではあまりうまく聞き取れず。全体向けのスピーカーと声の使い分けはうまくしたほうがよさそうです。

走ってみた感想

あまりアップダウンが多くなく、折り返しの10キロまではいつもより速いペースで。応援の声も気持ちいいですし、地元で走っているランナーさんが多いせいか回りの声援を聞いていると知り合いとたくさん出会っている様子が聞こえてきます。私はビールのコスプレをした4人組の方が6分前後ぐらいのペースだったためその方を見ながら3キロ地点から12キロ地点ぐらいまでほぼ後ろについて走りました。

後半になると途端に細い道に入ったり、さらにびっくりしたのはなんとコースが「歩道」という場面も。横に車道が片側一車線ずつの道路がありましたが恐らくこれが何らかの理由で規制できなかったんでしょう。走りながら「あれ、これ今、歩道がコース!?」とちょっとだけ驚きました。

エイドはミニトマトといちご。去年までは提供数が足りなくなるということもあったようで、今年から用意した量を増やしたということでした。私は6分弱ぐらいのペースで走っていましたがこのぐらいであれば十分に残っています。水やスポーツドリンクもボランティアの方のてきぱきとした動きでスムースに受け取れました。

後半、堤防に一気に駆け上がる急な坂があったり、あぜ道をクネクネと曲がる場所がいくつか出てきたりしましたが、これも地方のマラソンのある意味楽しみ。日常の生活場所をお借りしてその中を走ることができますので街がとてもよく分かります。地元の高校生でしょうか、二人組であちこちで沿道サポートをされていました。(あれ、逆にほかのマラソンで見かける消防団の人の姿は見なかった気が。)

ラスト一キロからはコース両側で応援が繰り広げられます。ダートなのがきついという口コミを見ていましたが、私はそこまで気になりませんでした。

また走ります

コンパクトな大会なわりに走りやすいコースが中心で、気持ちのいい走りができました。ミニトマトといちごのエイドに釣られ、来年もまたきたいと思います。

ビフォーアフター – 3年前と今との顔のカタチの違い

顔のカタチが変わりました

先日、プロフィール写真を新たに撮っていただきました。
この2年ほどの運動習慣で急速に体重が落ち、特にこの1年ではジーンズのウエストが5インチ、シャツの首周りが5cm、選ぶ服のサイズはアメリカンなものではXLからSかXSになりました(本当)。

では、ご覧いただきましょう…その違いを…。

iemoto BLOG
これがおよそ3年前のワタクシ。


2017年3月現在のワタクシ。

ピークから25キロほど体重は落ち、昔のプロフィール写真はほぼ何も使えなくなりました。

Google画像検索をすると(しないでくださいよ)昔の本当にキツイ写真がたくさん残っておりますが、ワタクシの過去の写真などは最高裁のいう「公共の利害に関する」ものでは決してないと思われますので、ぜひとも「忘れられる権利(right to be forgotten)」を主張したいものであります。

航空特殊無線技士に合格しました

ずっと飛行機好きです

飛行機好きです。その歴史は、小学校2年生のときにアエロフロートのイリューシン62に乗ったときから。イカロスの月刊エアラインは既に20年近く読んでいると思います。この雑誌、よくぞマンネリ化せずずっと続いていると思います。インターネットでの情報収集速度が上がろうとも、特集できるネタがこれだけあるということなんでしょう(ただ、もう少しライター記事の誤字脱字が減ればいいのに…)

7-8年前から撮影にはまり、そのうち空港でエアバンドを聞くようになりました。家のベランダには(あまり目立たないように)アンテナが立っています。家でしか無線は聞けないのがガマンができなくなり、防災用というつもりで会社に無線機を置いたら「なんかうるさい」とよく言われております。いや、でも3.11の時には本当にこの無線機があったおかげで上空の状況が分かりました。今でもこのときの羽田のタワーなどの録音データはずっと持っています。

航空特殊無線技士に合格しました

先日、航空特殊無線技士(航空特)の試験を受けてきました。法規は陸上特殊無線技士のベースと近く、法規の勉強は比較的スラスラでしたが、まともに中学・高校にいっていないワタクシには(電気)工学の基礎が全くありませんので、こっちが大問題。問題集一冊買ってニラメッコしたのですが、さっぱり頭に入りません。

実技のフォネティックコードを覚えるのはエアバンドを聞き流していればあまり苦ではないレベルです。ただ、受話の方は(1)スピードが思ったより速い。(2)前半はいいものの、後半は集中力が途切れてしまう。 (3)どこまで書いたかよく分からなくなってくる。 というところが壁でしょうか。途中、二文字ぐらい飛びました。発話は落ち着けば大丈夫です。

前日におさらいとして、適当な英文が書いてあるWebページをひたすらフォネティックコードで読み上げるのを20分ぐらいやって復習しました。

試験は無事に受かりました。免許証の申請をしたので届くのが楽しみです。航空特を持っていても自家用パイロットなどになろうということが無い限り今のところすぐに使い道はありません。いつか将来使える日が来たらいいな、と。

消火栓を確認しよう

なぜか消火栓が気になった日曜午前

昨日の日曜日。何に気持ちが向いていたのか、午前中に3歳の息子と一緒に外に出て自転車で散歩をしていたところ、子供が「消火栓」に関心を持ち、じゃあ消火栓を色々と探してみようかと買い物のついでにぐるぐると回りました。消火栓を探すのは比較的簡単。道路に「消火栓」の標識が出ているものの周囲の下を見回せば見つかります。

まず山手通りを中目黒近辺から北上。地下式の消火栓は数分に一つぐらいは見つけることができます。最新のマンホールは丸型。少し前のは角が丸。その前は四角形だったんだよと教えながら見て回りました。

見当たらない消火栓

見てまわりはじめて10分ぐらい。普段はそこまで気にしないのですが、たまたまこれも山手通り沿いで消火栓の標識を一つ見つけ、「さぁどこだろうね」と話していたら見つからない。そんなことはないと思ってさらにあたりを見回すと、レストランがテラス席のように歩道に椅子と机を置いていて、その足元にオレンジ色にくくられた地下消火栓のマンホールが。

営業時間前のお店とはいえそんな様子を写真で撮るのも何だかと思い何もしませんでしたが、消火栓の位置は気づいているのかはたまた気づいていないのか、消火栓の真上に机と椅子というのが異様に気になりました。(署員が見つけたら必ず指摘すると思う状態。)

普段はこういうのは忙しさにかまけてすぐに忘れるものなのですが、なぜか「お店の人に身分証出して一言いうのもなんだか違うし、報告するようなことかどうかも分からないし、どうしたらいいんだ」とあの消火栓の上にある机と椅子が気になり続けたのです。

そして午後の出火報

そして昼食をとってしばらくした午後2時過ぎ。自宅目の前の一方通行の道路を消防隊と救急隊が通過。家の中にいましたが雰囲気で火災だと感じ、そのあと第二出動がかかっただろうなという雰囲気も察知し、外で遊んでいた娘に「どっち行った!」と聞いて無線機をもって飛んでいき、結果2人が死傷という惨事を目の当たりにすることになってしまいました。このあたりは都内の中でも火災が少ない地域ですが、そのような中でも消防隊の方たちによる消火活動は極めて早く、隣接した家屋への延焼等は免れました。消防団も、この地域の分団の方が数名出ておられ周囲の車の誘導などにあたられていました。本当にご苦労様です。

消火栓

その消火活動の現場で見た消火栓のマンホール。そう、こう使うのです。消火活動を始めるときに消火栓の上に何か障害物があろうものならば、ましてや車が駐車していたりすれば、他の消火栓から引っ張ってくる必要があります。

火災現場での消火栓の状況

火災現場での消火栓の状況

あとで周囲を確認したところ、別の消防隊が最寄りの消火栓を開けて待機していました(これ以外にももう一つの消火栓からはさらに別の消防隊が活動)。上のマンホールは現場から数十メートルもないところですが、仮にこの消火栓からであるとホースは4-5本繋げなければならない距離。

近隣の消火栓を開け待機する消防隊

近隣の消火栓を開け待機する消防隊

消火栓の位置や状況の確認

このblogを見たら、ぜひこの機会に自宅や勤務先の周囲の消火栓の位置を確認し、その消火栓の周囲に障害となるものが普段ないか意識してみてください。消防は普段から消火栓の見回りを丁寧にされているのでよほどのことは見当たらないとは思いますが、何か気づかれることがあるのであれば消防署に相談されることをおすすめします。

KLMオランダ航空でのJALマイレージバンクの積算に関するメモ

同じことにあたる人もいるかもしれないので記録のために残しておきます。KLM便名(共同運航等ではなく)でチェックインしようとしたとき、自動チェックイン機の中でマイレージの積算航空会社を選択する中に「日本航空(JAL」の選択肢が出てきます。こうするとKLM便名でJMBの積算が出来るのかと期待させられてしまいます。

ただ、日本航空のWebサイトによればKLMオランダ航空は積算の対象外。
http://www.jal.co.jp/jmb/earn/travel/byflight/index.html#byflight01

不思議だなと思いながらもJMBの番号を入れ、搭乗券にはJMBの番号が入ったものが発行されました。ただ、どう考えてもKLMの便名でJMB積算が出来る話をどこでも聞いたことがなかったので早速日本航空に問い合わせのメールを送ってみました(様々なQAサイトでは正しい話も正しくない話も多く出ているので、根拠ありの話がほしいと思い)。

その返信の要点は、、

・KLMオランダ航空につきましては、JMB提携航空会社ではない
・フライトマイルを積算することはできません。

とのこと! KLMには早速問い合わせのメールをいれてみました。
皆さん、お気をつけくださいまし。(私だけ!?)

痩せたねと言われる効果

どれぐらい痩せたかって?

痩せたんです。とても。ピークより23キロほど減りました(本日時点。2年前との比較。それより前はしばらくのあいだ怖くて体重計のらなかった)。特に今年に入ってからが顕著で、1月と比べてジーンズのサイズは5インチ落ちました。病気ではありません(よく聞かれる)。

どうやって痩せたかはそのうちダイエット本を書いてといわれたら書くつもりなので内緒ですが、1ページで終わりそうなので早々にバラすと、運動習慣をつけただけです。食べるものは選ぶようになりましたが、ラーメンもパンもご飯も食べます。糖質ダイエットは確かに最初は効きますが、「小麦粉とタマネギが世界からなくなったら生きていけない」というワタクシには過度な糖質ダイエットは向きません。適度なところまでならというのは北里研究所病院糖尿病センターの山田悟教授の本が参考になるのでおススメ。ミナサン古い栄養学の本でテキトーな知識つけるよりきちんと理解しませう。ちなみに昔の取材記事を読み返すとすごいことがあちこちで書かれていて「コーラがないと生きていません」と話していた人がいたようです。

効果の源泉は周囲の言葉にある

それよりも効果があったのは「痩せたね」と人から言われる回数ではないでしょうか。しばらく会っていない人からも、あるいは日常的に姿を見ている社内の人間からも、「やせたねぇ」と何かの拍子で言われます。訪問先で会議室に入ると、入ってきた相手の会社の方から次々に「やせましたねぇ」と言われます。この言葉の連鎖には一種の暗示的な乗数効果(Multiplier effect)がある気がしていて、言われれば言われるほど「そうか、やせたな。まだいけるな。」となるわけです。(おっと、いきなりもっともらしく言ってみましたが、マクロ経済学と体重にはなんら関係性はありません。そして経済的な増加ではなく体重ですから減少ですし!)

痩せたねという言葉を発した側には単に現象の表現しか含まれていませんが、受けた側には「次にあったときに戻ってるとかっこわるいなぁ」という心理が働きます(働かないかもしれないけど)。言葉を敏感に受け止めすぎてしまう人は無理をしてしまうかもしれませんのでそういうタイプの人は要注意。もっとも、ワタクシ、比較的脳細胞の構造が単純なようでして、言葉をかけられる方が結果に結びつきやすいことは自覚しています。ま、心理学的なピグマリオン効果(pygmalion effect)のようなものですが、別に体重の減少は誰からも期待されているわけではないのでこれともちょっと違いますか。

いずれにしてもまわりの人で減量に挑戦して痩せ始めている人がいたらぜひ「お!痩せたね!」という声をかけてあげてください。なんかいろんなサプリやらダイエット器具やら世の中にはよくわからないものがたくさんありますが、申し訳ないけどそういうものより言葉の効果の方が大きい、と思っています。

これ、誰か学術的な研究をしてほしいな。
(朝から何を書いてるんだか)

東京防災救急協会の普通救命講習

東京防災救急協会の普通救命講習に参加してきました。3時間で人工呼吸、AEDの使い方、窒息の手当などを学ぶことができます。少し前に日本赤十字の救急法を学んだばかりですのでおさらいの意味合いもありましたが、両方うける意味合いとおすすめの順序を書いておきます。

両方をうける意味合い

まず、講習の基本となるガイドライン(JRC)は同じものですので、基本はすべて同じです。ただ、赤十字の講習は6時間、消防での講習は3時間(AEDの業務従事者を含める場合には4時間)と倍の時間の違いがあり、細かい説明はどうしても消防の講習では省略されてしまいます。

救命講習を受けることにより、AEDを使うまたは人工呼吸をしなければならない場面に遭遇したときに少しでも役に立ちたい!と思う人の中でも、両方あわせて9時間の時間を確保するのは容易ではないかもしれません。また、そのモチベーションも沸きにくいかもしれません。

どちらか一つしか、という場合には、率直には赤十字の講習をおすすめします。やはり密度が違います。仕事上などの理由で消防の講習を受けなければならないという場合以外で、きちんと基礎的なことを抑えようと思うと、二つを両方受けた個人的な意見としては密度が濃い方がイザというときには良いだろうと感じます。

一方、両方受ける意味合いはありました。一度受けた講習の中身はその時には記憶に残りますが、少しでも時間があけば忘れてしまいます。消防も赤十字も期限内に再講習を受けることができるコースが用意されていますが、学んだすぐあとに改めておさらいする意味合いは大きいと感じました。講習の際、初めてではない、という安心感もあるように思います。

おすすめの順序

赤十字→消防、です。赤十字の6時間で「みっちりと」(私の場合、本当にみっちりと、でした。通しで周囲の安全確認から救急隊への引渡しまでをソラで覚えるのは緊張です)やり、そのあとにフォローアップ的に消防の普通救命講習を受けるのがおすすめです。

ところで興味深かったことはそれぞれの指導員のご経験です。ガイドラインには沿っているものの、指導員の方の経験の違いが感じられました。私の場合、赤十字ではおそらく看護師資格をお持ちの方、消防の場合にはもともと救急隊だった方(話の中から何度も「現役のときには」という会話が出てきました)が指導員の中にいらっしゃいました。目線の違いによって実践的な指導が少しずつ違いが生まれます。これを両方聞けることで幅が広がるような気がします。

二つを終えて

次に受けたいのは上級救命講習へのステップアップと、赤十字の救急員養成講習です。ただ前者はなかなか機会がなく(地元の消防署だと来年の5月が最短…もっと早くに気づけばよかった!)、後者は丸2日間。

それから、AEDの設置をどうするかですね。当社のビルの一階にはAEDが設置されていますが、今回2つの講習を受けて気づいたことは、当社がある10階から1階までとりに行く時間はかなりのロスがあるということ。せめて上下のフロアの中で一つはないとAED開始までの時間が足りないとも思いました。考えなきゃな…。

救急法講習

日本赤十字社の救急法講習に参加しました。

先日署活系の無線から流れてきたのは高齢の方が自宅で倒れての通報。自宅近くの消防署には救急小隊が2隊、つまり2台の救急車がいますがこの時はいずれも出動中。東京消防庁はPA連携といって救急の場合でもポンプ小隊が同時に出動することをしています。この出動ではポンプ隊が先着、そして聞きなれない呼び出しだなと思ったらかなり遠い距離にある別の救急隊が(出動の帰りである可能性もあると思います)到着。大事には至らない出動だったようですが、東京都内の救急車はわずかに約330台(第67回東京消防庁統計書, 平成27年度分)。これに対して年間の出動件数は約75万件(同)。夏になれば熱中症での出動も多く、救急車が都心でもすぐに来れないことはあり得ます。

防災に一市民として持たねばと思い始めてますが、大地震のように生きている間に一度あるかないかのことへの対策だけでなく、街で倒れている人を見かけたときに何ができるのか、突然目の前の人が倒れたときに何ができるのかということも一市民として知っておきたいと考えています。そのためも最低限の知識をもっていなければなりません。防災にも少しでも役に立ちたいという思いもあり、今年地元の消防団にも入団しました。

最近、私のかばんの中には必ずキューマスク(人工呼吸用のマスク)とゴム手袋、ホイッスル、小型のペンライトをいれるようにしています。日本赤十字社の講習や消防の救命講習は実は手軽に受けることができます。講習を受けた者として、これは多くの人が知っておくべきだと改めて感じたところなのでご紹介します。

東京消防庁の救命講習の案内
日本赤十字社東京都支部の救急法の講習案内