中国のサイバーセキュリティ法に関するセミナーを開催

先般、クララオンラインと富士通クラウドテクノロジーズ(ニフティクラウド)及び中国電信日本の共催で、中国のサイバーセキュリティ法に関する実務面のセミナーを開催しました。

6月1日のサイバーセキュリティ法の施行に向け、特に中国国内で提供を受けた個人情報の国外への持ち出し(越境移転)などについては重要なテーマが多い一方、日本国内では具体的なセミナー等が多くは開催されておらず、特に中国国内で事業展開をしている日本企業にとってはシステム面の対応をどのようにすべきか課題が多く残されています。

今回のセミナーでは、私からまず中国のサイバーセキュリティ法の公布までの約2年間の中国国内での議論や法制化に向けた背景などをご説明した後、現在パブコメ等が出始めている「ネットワーク機器やネットワークサービス等のセキュリティ審査」「越境移転に関するルール」等がどのように着地するのかという方向性についてお話しをしました。また、これらを踏まえて日本企業は現時点でどのようなアセスメントを行うべきか、対応策の候補にはどのようなものがあるかといった実務面でのご説明をしました。

(セミナー資料から一部抜粋)

(セミナー資料から一部抜粋)

一方、中国電信(China Telecom)の日本法人である中国電信日本の杜社長からは、中国電信自体のグローバルネットワークのご紹介をいただいたあと、クララオンラインとの業務提携を進めてきた中でどのようにネットワークサービス面で中国と日本との接続性を改善してきたかなどについてお話しをいただきました。

ここまで踏み込んだセミナーは日本ではまだ多くはみられず深度のある内容だったと自負しており、実際会場からの質疑も活発にいただくことができました。

6月の施行に向けて、複数回このようなセミナーを開催していく予定ですし、また恐らくは6月1日までには全ての弁法・実務手続きが明らかになることは間に合わないだろうと予測していることから、サイバーセキュリティ法に関連する実務は継続的にフォローアップをしていきたいと考えています。

北京で第22回日中企業合同面接会に参加しました

昨年は4名を採用

先週土曜日に開催された「第22回日中企業合同面接会」に北京で参加しました。私自身は昨年に続いて2回目の参加です。昨年の面接会を通じては東京本社で2名、中国法人(北京)で2名の新卒者を採用しました。北京・河北省・天津などを中心にした大学の卒業予定者と、一部の既卒者の方たちが毎年大勢来場されました。

1日に60-70人ぐらいとの面接

9時から16時の7時間。周囲にはANAさん、イオンさん、丸紅さんなどのブースも並ぶ中、クララオンラインは決して中国で知名度が高いとは言えませんが、面接が途切れることはほぼ無くずっと面接を続けました。私含めて4名が面接者として参加し、1人あたり5分から10分程度、まずは自己紹介をしていただいたあとに質問をするという形式をとって皆さんのお話しを伺いました。ほぼ全ての人は日本語が大変上手な今年卒業予定の人ですが、中には大学2年生で将来日本のIT業界で働きたいという学生さんにもきていただきましたし、午後になると既卒者(中途採用)の方も多くこられました。

中国も日本と同じように人材紹介のシステムはありますが、皆さんにとっても多くの企業の話しを直接聞いてみたいでしょうし、我々採用する側にとってもできるだけ多くの候補者の方と会うチャンスがあることは貴重です。

とにかく女性が多い。

普段北京で採用をしていても圧倒的に女性の履歴書が多いのですが(20名中1人が男性、というぐらいの比率)、今回も当社のブースに足を運んでいただいた方の9割は女性だった印象。背景には色々とあると思いますが、なんしても女性比率が極めて高いのです。現実的には今や通訳や翻訳の専門家として働くという道(昔は日中で仕事をするときに通訳・翻訳というのは大変な花形だった仕事の時代があったと聞きます)よりは圧倒的に普通に企業の中で働くことのほうが増えてきているわけですが、これからも大きくは変わらないのかもしれません。

今回印象的だったことのいくつかを挙げると、一つは幼少期に日本で過ごした経験がある人たちの数が増えたこと。小学生ぐらいまで日本でした、という方が何人かいらっしゃいました。これは確実世代を経ることに増えるでしょうが、今から15年ぐらい前から徐々に中国人で日本に留学し、そのまま日本で働くという人が増えており、そのとき子どもだった世代が大人になりはじめているということになります。

もう一つは帰国理由。日本に留学していたが帰国した、働いていたが帰国した、という人の帰国理由の100パーセントが「親から帰国するように言われて」「親のことが心配になり」というもの。今までももちろんこのような理由は最も多い状況は変わりませんでしたが、今回は帰国理由の100パーセントでした。私などからすれば「そこまで日本で勉強して、日本語もできるようになり、ちょっともったいないな!」と思うわけですが、一人っ子世代、そして90后(90年代生まれ)の世代の意識を考えるところの一つの重要なポイントではあると思います。

中国と日本に絞る戦略の上で

クララオンラインは2020年までの戦略の中心を中国と日本のクロスボーダー領域にビジネスを絞り、この領域で成長していこうとしています。架け橋になる人材が、営業、コンサルタント、エンジニアなどあらゆる職種で活躍してくれるように、引き続き採用を頑張ります!

クロスボーダーのクラウドエンジニアをWanted!

日本から飛び出そう!

Wantedly での採用活動をはじめました! 第一弾はクロスボーダーのクラウドエンジニアの募集です!

国籍はもちろん一切問いません。「いきなりクロスボーダーっていってもな。海外っていってもな。」と考えているアナタ。そもそも”The Internet has no border”。私たちのいる世界がそもそもクロスボーダー。その中でクララオンラインは中国と日本という「難しいけれども橋を架ける価値のある国と国」の間にテクノロジーとナレッジの強みをもって仕事をしています!

ビフォーアフター – 3年前と今との顔のカタチの違い

顔のカタチが変わりました

先日、プロフィール写真を新たに撮っていただきました。
この2年ほどの運動習慣で急速に体重が落ち、特にこの1年ではジーンズのウエストが5インチ、シャツの首周りが5cm、選ぶ服のサイズはアメリカンなものではXLからSかXSになりました(本当)。

では、ご覧いただきましょう…その違いを…。

iemoto BLOG
これがおよそ3年前のワタクシ。


2017年3月現在のワタクシ。

ピークから25キロほど体重は落ち、昔のプロフィール写真はほぼ何も使えなくなりました。

Google画像検索をすると(しないでくださいよ)昔の本当にキツイ写真がたくさん残っておりますが、ワタクシの過去の写真などは最高裁のいう「公共の利害に関する」ものでは決してないと思われますので、ぜひとも「忘れられる権利(right to be forgotten)」を主張したいものであります。

クララオンラインの全社会議

しばらくの間、またblogをずっとサボってしまいました。どうもすみません。飛行機の移動時間以外にblogを書く時間が無いのが理由です。中国便にはWiFiが繋がる機材がアサインされることは今のところほぼ無く、そのうちWiFiが繋がるようになれば、イロイロな意味で最後の砦であるこの機内も仕事の場所になります。

先週土曜日(3月4日)は一年に一回の全社会議。CECと呼び、15年近く続いています。当初は毎年2回かつ泊まりだったものが数年すると年1回になり、さらに昨年からは一日の時間も短くしようということで会議自体は半日、そして午後からは懇親会、社内表彰で、夕方には全てのプログラムが終わるという短時間コースに変化してきました。途中、スーツ着用だった時代もありましたが、それも今では私服になり、さらに会議室を借りるのではなくちょっとカジュアルな場所を借りてやっています。今の会議のスタイルのほうがずっと良くなりました。

ワタクシの持ち時間は40分。作ったスライドは50枚。ほぼメッセージスライドなので「イケる」とふんでいましたが、熱がこもり過ぎたか時間オーバー。あとで何人かの社員に、「こんなに言いたいことがあるならば、毎週の朝礼でもっと話せばいいのに」と言われ、そうかそうかと。

月曜日に朝礼をするわが社では、ワタクシの話す時間が毎週用意されています。よし、今日は土曜日に繋がるように話すぞ! と意気込んでいたら、珍しく(?)今日は私の前に部門からの報告が多くタイムオーバー。そうかそうか。。

今週は中国2往復。行ってきます。

芸能タレント・歌手の海外公演時の深夜業

論点

改めて説明するまでもなく、日本の労働基準法においては満18歳未満の年少者の深夜業(午後10時から翌日午前5時)は一部の例外を除いて禁止されています(第9条)。

その上で、日本国外、具体的には時差のある場所において満18歳未満の芸能タレント・歌手が出向いて公演をする場合、深夜業の禁止時間である午後10時から翌日午前5時は現地時間で適用されるものであるのか、それとも日本時間で適用されるものなのかについて考える場面がありました。今回の論点の出発はここです。

そもそも下に示す『労働者』でなければ「午前10時から翌日午前5時」という点について議論をする必要はありません。従って第一にこの点を検討する必要がありました。

第二に、雇用契約がある場合、雇用契約または海外出張規程等で時差・海外出張時の勤務形態、例えばみなし労働時間制等について取り決めているかどうかを確認・検討する必要がありました。

第三に、出張時の活動に現地の標準時が適用されるかどうかの根拠の確認です。

整理すると

  • 今回は中国での活動であるため、現地時間は北京時間(UTC+8)となり、日本時間と比べて時差マイナス一時間である。
  • 即ち仮に北京時間で午後9時からの公演となるとこれは日本の午後10時である(即ちこの時間から公演を開始すると日本では深夜となる)。
  • 仮に現地の活動においても日本時間が適用され、かつ労働者であるとなると北京時間午後9時からの出演は行うことができないとなる。
  • 出向等ではなく出張である(指揮命令権は日本にある。)

という4点が今回の前提です。

なお、さらに検討する中で、中国法には「満18歳未満の年少者の深夜業」を規定する法令法規は存在していないことも分かりました(劳动法等)。また最高人民法院の司法解釈等でもこれを定めた文書は確認できませんでした。出張者ではなく現地子会社への出向あるいは現地採用となると中国の労働法が適用されることになりますが、今回のケースは日本からのいわゆる出張ベースであり、よって雇用契約がある場合には日本の労働基準法が適用されることから、中国法の検討は外しています。

基収355号での解釈

芸能タレント・歌手が公演等における深夜業の問題については、有名な通達があり(基収355号, 昭和63年7月30日)、労働基準法第9条の労働者であるか否かについての解釈が示されています。(全文を引用しているblogや記事等が少ないので、誤解をさけるために全文を引用しておきます。)
※タレント事務所などの方にとってはよく知られている解釈です。

(問)
 当局管内には劇団あるいはいわゆる芸能プロダクション等が多く、それら事業場から労働基準法第56条に基づく児童の使用許可申請がなされることが少なくないところである。
 当局においては、これら申請に係る子役あるいはタレントについては、一般にその所属する劇団あるいは事務所との間に労働契約関係があるものと考えるが、なかには、その人気の程度、就業の実態、収入の形態等からみて、労働契約関係ありとみるには疑問なしとしない事例が散見されるところである。
 そこで、これらの事例については、下記のとおり取り扱ってよろしいか、お伺いする。

 次のいずれにも該当する場合には、労働基準法第9条の労働者ではない。
一 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要
素となっていること。
二 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
三 リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等と
の関係では時間的に拘束されることはないこと。
四 契約形態が雇用契約ではないこと。
(答)
 貴見のとおり。

労働者であるか

まず上述の三点の議論の順に整理すると、労働基準法第9条の労働者であるかについては、該当するものであるという結論がすぐに確認されました。

なお、事情を関係者に色々と聞いてみると、一から四の定義についてはやや曖昧であること、契約関係は外に見えないといった事情などから、日本のテレビ局等では保守的に対応していることがわかりました。

個別規程があるか

雇用契約に付随するかたちで何らか海外出張時の勤務形態に関する規程があるかを確認したところ、これは存在していない前提を確認しました。

これも一般的に、日本の芸能タレント・歌手の海外活動は未だ少なく、これを検討するプロダクション・事務所はほぼいないのが実態のようです。

いずれの国の標準時が採用されるのか

まず労働基準法等の法令や過去の判例、通達を軒並みあたったものの、結論となりうる条文・解釈は存在していませんでした。私の調べ方が足りていない可能性もありますが、過去に一度も議論されていないとは考えにくく悩むところ、あわせて国際条約・協定なども確認しましたが時間の限りから諦めています。もし何らかの条約・協定などにおける根拠についてご存知の方がいらっしゃればこっそりと教えてください。

さらに、社内外の複数の弁護士、社会保険労務士の方にも事例の有無を聞いたものの見当たらず、結局、この点については管轄の労働基準監督署に前提を説明した上で電話確認を行ったところ、使用者側と労働者側の双方で合意すれば現地の標準時を用いることは差し支えないという答えを得るに至りました。

そもそも今回は中国と日本の時差一時間という前提で検討したために悩みましたが、よくよく考えてみるとヨーロッパやアメリカのように時差が大きい場所へ出張した際を前提とすれば、現地の標準時を採らなければ実務が回るわけがありません。

個人的な所感

日本人が海外に出張し、現地で技術指導をする、営業行為をする、会議をする、その際の労働の取り扱いをどのようにとするかとのケースは山ほど蓄積されており、みなし労働時間制の点も含めて海外出張が多い会社にとっては規程の整備も進んでいると考えられます。

一方、芸能タレントや歌手が海外で活動するケースも決してゼロではないものの、もともとの日本国内での労働環境自体を考えても今回のような問題に正面から向きあって検討する場面は多くはなかった可能性があります。

ただ、日本と中国の一時間という時差は微妙なところで、上述のとおりヨーロッパやアメリカでの出演であれば「時差があるからな」と理解しやすいものですが、今回の例のように日本時間の22時、中国時間の21時というギリギリの場面をもとに検討すると、混乱してしまいます。

本稿は法律的な見解を示しているわけではなく、あくまで事例をもとにどのような考え方を採ったかについて記録することを目的にしていますが、海外展開を行う芸能タレント・歌手の方たちがより増えてくると、世の中でこうした問題をさらに深く考える場面が出てくる場面もあるのかもしれません(むしろ出てきてほしい)。

日帰り北京や深夜便移動

事情が変わった日中間の深夜便

2015年に書いた「上海から日本への深夜移動の巻」は、その後上海や北京からの深夜便フライトが続々と追加されたためにこの手段を使う必要はなくなり、上海からであればピーチやANAの深夜便、北京からであれば海南航空の最終便が「夜に移動できるフライト」の世の定番になりつつあります。(定番とはいえそれをいつも利用する予定を組むのはイヤですが)

羽田には深夜になると天津からのOKAIR、上海からの上海航空、春秋航空、そして朝方にはNH968という、最近お世話になることが多い深夜便が同じく上海から帰ってきます。

もっとも、いつの間にか南京発静岡行きのフライトは、南京発7時20分は変わりませんが色々と変わっていました。まず週2便から1便に、さらに静岡着が以前の10時40分ではなく11時40分になり、しかもどうやら今後のダイヤでは8時55分発12時40分着、というさらに後ろ倒しの設定だそう。こうなると、これにお世話に成る日は来なさそうです。

日帰りの利便性。

いずれにしても、日帰り北京、日帰り上海という予定が以前と比べて実現性が高くなりました。日帰りはどのエアラインも高めの航空券しかありませんが、予定が詰まっていれば仕方なきもの。

いつかはこれがあるだろうと思っていた中、今まで日帰り台北、日帰り台南(台北乗り継ぎで飛行機でいけた時代)、日帰りソウル、までは経験していましたが、今回新たに日帰り北京が加わりました。なにも嬉しくはありません。

日帰りと深夜便

ますば日帰り。朝は羽田から北京。今回はこれがシップチェンジで2時間以上遅れ出鼻くじかれ、帰りは北京から羽田の海南航空。預託手荷物なし、ABTC、最近北京で列が並ぶようになった税関は「ごめんごめん無いからスルー」でほぼ歩きを止めることなく出ることができ実質降機から15分。往路のdelayさえなければ実質6時間ぐらいは北京にいられます。

北京からの帰りは、CA183(21:30羽田着)かHU7919(01:00+1羽田着)が遅めでですが、HU7919はdailyではないのと、CA183は17:20北京発なので実質市内には14時半頃までしかいられません。つまり日帰り北京を実現しようとするとHU7919でないとほぼ意味がないのです。

そしてもう一つ。上海経由で日本へ飛ぶ方法。これだと機内にいる間に朝になります。。

もともとはCA183で帰ろうとしましたが会議が長引いてしまい、しかもHU7919が満席(ビジネスまで…)で、代替案としてCA1883(20:20PEK-22:30PVG)で上海に飛び、NH968で羽田に飛ぶ方法。夕方の北京空港は混むのでCA1883より後にするのはおすすめできません。一方、上海-羽田はこの時期、風も強いので浦東を上がって羽田に着くまではぴったり2時間。国内線か!、と。

オルタネート

北京を遅めに出る方法で東京に着く方法が他にないのかと言われると、台北から北京まで曜日によってCIかエバーが飛んでいまして、これでPEK-TPEをこなし、そのあと朝方のピーチ(daily)かタイガーエア台湾に乗ってくると9時前には羽田に帰ってくることができます。今回は残席なしで出来ませんでした。しかも朝9時前羽田では予定にも間に合わない。

なお、桃園の夜はかなり寂しいので(これもそういえばやった)夏も冬も、つまり春や秋でなければ決してこの移動はおすすめできません。桃園で一晩あかすとき、ベンチもあいてなくて床に横なって寝たときには「わたしゃなにしてるんだろう」と一瞬だけ考えました。

というのを機内で書いて羽田に朝5時前に着きましたので、これから帰って少しだけ寝ます。

FlowerJapan 2016 – ビジネスリーダーたちのいけばな展

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明日11月25日と26日、銀座のポーラミュージアムアネックスで開催される「FlowerJapan 2016 – ビジネスリーダーたちのいけばな展」に初めて出展しております(会期は28日までですが、私は前期の二日間に出ています)。銀座でブラブラする予定があるぜという方はぜひお立ち寄りください。

http://www.flowerjapan.jp/exhibition.html

いけばな、という世界に今回初めて触れました。まわりの経営者の方からお誘いをいただき、そして草月流の州村衛香先生に出会い、もともと植物に触れるのは嫌いではありませんでしたが、経営といけばなは通ずるところがあると知って思いきってチャレンジしました。

いけばな、は大切な日本の文化。そしてもともと男性の文化でもある。そう教えていただいて挑んでみたのですが、レッスンの時間が足りなくてもっと触っていたい!と思うほどのめり込んでしまいました。またレッスンを通じてさまざまなお仕事をされている先輩の経営者の皆さんに出会い、新たな視点をたくさん頂きました。

私のお題は「飛び出せ」です。

ABTCの更新が終わりません – APECビジネストラベルカード

今年9月がABTCの更新期限だったのですが、一向に事前審査が終わらずABTCが手元にない時間が続いています。

有効期間は5年

ABTCは原則5年の有効期間ですが、先にパスポートの更新期限がきてしまうとあわせて失効します(ABTCのカードにはパスポート番号が記載されている)。私はパスポートの更新期限よりも前にABTCの有効期限が来たため更新をかけていました。

進捗状況

裏側のオペレーションについては公開されていませんが、日本国籍の場合、日本の外務省に対して申請を行うとそこからABTCの運用を行っている他の18の国と地域に対して(日本をいれると運用中は19の国と地域)一つずつ事前審査が出され、それぞれが承認のフラグを立てる仕組みになっている模様です。そのステータスはWebサイトから確認することができ、私の場合には前回はブルネイだけがなぜか下りてこず「悪いことしたつもりはないんだけどな」と思いながらもブルネイの事前審査を諦め、それ以外の国・地域を対象としたかたちで発行をうけました。

今回、9月後半の時点で承認が終わっていたのは日本、タイ、ペルー、チリ、ブルネイの5つ。ブルネイ、今回は早く承認されていました。

そして今日現在の承認状況は日本、タイ、ペルー、チリ、ブルネイ、ロシア、シンガポール、ニュージーランド、韓国、インドネシア、香港、中国、パプアニューギニア。

すなわち現時点で残る事前審査はオーストラリア、台湾、マレーシア、メキシコの4つ。台湾がないと私の場合にはやや不便なので(台湾の場合には12ヶ月以内の3回の渡航で常客証が申請できるのでその方法もありますが)、せめてあと台湾が出てくれれば即発行、という気分で待っております。

審査状況の確認方法

日本から申請している事前審査の状況の確認は http://www.businessmobility.org/key/JapanCardStatus.aspから行うことができます。

ここでは申請した際の受理番号を入力することになっていますがどうやらパスポート番号の入力はチェックしていない模様で、「自分より何番前の人までこの国・地域の承認はおりてるのかなー」というのは一つずつたたいていくと分かります。当然ながら個人名が出てくるわけではないので気にはなりません。ちなみに台湾については私より400番程度前の人から後は承認がおりていません。つまり待ち行列がそれだけあるということ。

各政府としてはかなりの数の申請がくるのを一件ずつ審査しなければならず大変なご苦労があるものと思います。が、早くお戻し願えると大変光栄です:)

Plesk Onyx採用のサービス発表とPleskとの関わり

Plesk Onyx採用のサービス発表

Plesk Onyxというサーバ管理用のコントロールパネルソフトを用いたサーバホスティングサービスを11月に始めることについて先日公表いたしました。(当社含めて何社かの国内の事業者が同時にローンチパートナーとして公表されています)

当社は、サーバホスティングのうちいわゆるサーバ共用型のレンジは既に2010年にライドさんに事業譲渡しており、現在国内ではサーバホスティング領域では専用サーバやVPSといったレンジのサービスのみを展開しています。このうちVPSサービスはほぼ全てが Virtuozzo というプロダクトの上で動いています。

PleskやVirtuozzoの領域はクララの歴史を語る中でも色々と思い出があり、さらにいうと日本における歴史では(誇ることかどうかわかりませんが)クララオンラインが頑張ってきた経緯もあります。せっかくなのでPlesk Onyxの採用という節目をきっかけに過去の歴史を(昔のメールを漁りながら)書いてみようと思います。

以下色々と関係者の名前が出てきますが10年前のことなので許してください!

Pleskとの関わり

いまから遡ること12年前、クララオンラインはPleskの「ローカライズ」をお手伝いすることになります。残っている記録によればクララオンラインが「日本語版の言語パックができましたよ」と最初にお渡ししたのは2004年8月でした。

当時、Pleskの日本での展開は日本法人が出来る前のSWsoft(その後Parallels)の日本での窓口となる人がいただけ。この業界の人であれば知っている人が多いであろうMatthew Edmondさん。我々は他のいくつかのコントロールパネルソフト(HDE Controllerや、Cobalt Qube のあとに出てきたオープンソースであるBlueQuartzなど)をホスティングサービスにつけて提供していました。Virtuozzo を採用したVPSの提供を始めており、その上に載せるコントロールパネルとしてPlesk 、という組み合わせを考えたわけです。

さらに遡り、そのVPSのサービス基盤としてVirtuozzoの採用検討をし始めていたのが2003年2月ごろ。その後の経緯は記録が残っていないものの、一年ほどたった2004年4月に「ローカライズに関心がありますか」との連絡がSWsoftから来ます。この時のPleskのバージョンはPlesk7。日本語にしなければ日本では売れないし、しかし待っていても仕方ない! ということで日本語化をお手伝いをした、という記憶があります。この時に活躍した一人にはその後アカデミックな世界に入ったまま帰ってこない原くんがいます。当社には2002年から2009年まで在籍していました。それ以外にも韓国語へのローカライズも最初に取り組みましたし(そのスタッフは出戻ってクララオンラインでコンサルタントとして在籍中)、繁体字へのローカライズをしていた記録も2004年から2005年にかけてあります。この時は台北ではなく台南に駐在員事務所があり、そこのスタッフが助けてくれていたと記憶しています。

そもそも上のVirtuozzoを採用するにあたっても、SFCにいきながらクララオンラインを助けてくれていた三島が(彼もアカデミックな世界に入ったまま帰ってこないけど)主導的に進めてくれていました。彼は引き続き現在もクララオンラインの顧問です。ここに挙げきれませんが、他のスタッフもたくさん助けてくれました。

世間は狭く

はじめた2004年にはPlesk7のLinux版だけでなくPlesk 7 for Windows、Plesk 7 Reloadedなどのローカライズもしています。ローカライズの対価をもらうかたちではなく、確かその代わりに取引上の特典をいただくという関係で続けました。結局、ローカライズは2005年の終わりか2006年の頭ぐらいまで引き受けていたはずです。

我々が途中でローカライズをする必要がなくなったきっかけはSWsoft が日本法人(合弁)の立ち上がり。セールスを強化していくということで合弁会社が立ち上がり(合弁会社だって最初は知らなかったけどね!)、その後しばらくしてからハンドオーバーしました。世界は狭く(この業界はさらに狭い)、その最初の社長をやっていた長岡は、今はクララオンラインで上に書いたSMB向けのサービスを取り扱う責任者をしています。今回のPlesk Onyxを搭載するサービスはここが担当しています。みんなPlesk好きだね!

Usonyxの買収

その2006年の終わりには今度はクララオンラインはシンガポールでUsonyxというサーバホスティング会社を完全買収します。ここはSWsoft とは従兄弟のような資本関係で、もとはシンガポールのオフィスとも同居していました。当然サービスの基盤はVirtuozzoとPlesk。サービス基盤が共通であるでお互いがだいたい何をやっているかは買収直後から把握できましたね。

(なお、その後Usonyxは、日本での事業譲渡と同じく会社全体の戦略変更に伴って我々の提携先であるマレーシアのホスティング会社のExabytesに売却しています。よく見るとUsonyxのロゴはクララのロゴと色の組み合わせが今も同じだったり、Since 1997はクララの歴史だったり!!で、そのまま引き継がれています。)

そして今。

その後SWsoft からParallels になったり社名やブランドが変わったりありながらもプロダクトとしてのVirtuozzoとPlesk はクララの一部のサービス基盤として採用し続け、なんとそのまま今日に至っています。どれだけVirtuozzoとPlesk触ってきたんだよというぐらいの長い歴史。

そんなクララオンラインが、Plesk Onyxを搭載したサービスをリリースします(まもなく具体的なサービス内容を公表予定)。お待ちあれ!